堕落した年金制度なのか?(3)
年金資産は、運用する受託者にとってある意味で芥子の花なのかもしれない。制度に激痛が走ればモルヒネのように痛みを和らげる。しかし、一度、その愉楽感を知れば、それは現実への直視から逃れられる麻薬にもなる。
「厚生年金保険の被保険者福祉施設は積立金の利益を以って行うことになっております。之は法律に別にそうしろとも何とも書いてある訳ではありませんが、大体そうすることになっていることにしてあるのであります」
これは、本誌でたびたび取上げている『厚生年金保険10年史』(厚生団発行・昭和28年2月)のなかで自慢話に酔う初代厚生年金課長・花沢武夫氏の言行録からの引用である。
「法律になくとも、大体そうすることになっていることにしてある」とは、一体どういう意味なのか?
「私の腹のなかでは積立金の融通によって之(「厚生省の連中がOBになった時の勤め口に困らない被保険者福祉施設の拡大」筆者:注)をやる考えで、それができる様に積立金運用規制を作ったものです」と、初代厚生年金課長・花沢武夫氏の怪気炎は続く。
それでは、厚生年金保険の1942年(S17)発足から51年(S26)までの年金資産の推移を見てみよう。

1951年の年金資産519億5,300万円は、現在の価格で大よそ80兆円程度になるのであろうか。いずれにしても、当時の国家の年度予算が7,498億円(S26 年「日本統計年鑑」)。その規模と比しても、年金資産の束は侮れない額である。








年金お助けBOOK 2008-2009年版
適格年金のやめ方