株価1万円台、上場来高値を更新中。ニッポンのナプキン、オシメがアジアへ、インド、ロシアに進撃中
★ユニ・チャーム、2010年6月21日、株価は1万80円の終値は上場来の高値であった。22日は1万140円、前日比60円高。「昨年の安値から76%上昇(日経平均株価の上昇率は同45%)」(日経6月22日号)ということだから、ユニ・チャームへの高まる期待収益率は、日本の一企業が世界化していく現在の着実な歩みを示しているのであろう。ユニ・チャームといえば創業者・高原慶一郎氏である。
★四国は愛媛県川之江市で建材板紙の製造販売をもって起業し、生理用ナプキン、子ども用紙おむつの女性支援産業に転換、今やペット用品まで扱うまでになった。
常に女性たちの苦難からの解放に寄りそうビジネスを、子ども、お年寄りまでに広げ、今、ペットにも愛の手を差し伸べる事業もようやくに軌道に乗せ加速している。
創業者の子息、高原豪久氏の社長就任前後からアジアを中心にグローバル展開を開始。今やインド、ロシアにも現地工場を新設、次は東欧から西欧を狙うのか。まるで、東方から西方に攻めのぼるジンギス・ハーンの如き、怒涛の進撃である。
★2010年3月末、売上高3568億円、経常利益458億円、当期利益244億円、利益率6.8%。女性用ナプキン、紙おむつ、ペットフードだけで、どうしたらそんなに儲けられるのか?そこには、創業者・高原慶一郎氏の類稀なる、しぶとく入念に、石橋をたたいても渡らないほどに研究をつくし、いざ出陣となればドットたたみかけるが如く進撃を課す。経営者としては底知れぬ度胸があるのであろう。
幾多の困難を超えて持続発展していく企業には、経営トップの才覚もさることながらその資質が大きい。それを支えるのは、日本人経営者の良き倫理者としての素朴な志だと思うのは筆者ばかりであろうか。
★1995年から2002年頃、創業者・高原慶一郎氏と幾度か、お会いする機会をもった。いつも思うことは、氏の常に変わらない謙虚・自信・勉強の姿勢である。
学生就職人気でトップの有名な会社になったかと思ったら、ある日、突然死する企業は、謙虚、自信、傲慢になる法則があるといったのは経営コンサルの大前研一さんだった。「受付嬢すら踏ん反り返っている」と大前さんは言っていた。
★ユニ・チャームの創業者、高原慶一郎氏は、常に亡き父の言葉「『うぬぼれ、おごり、甘え、マンネリ』を『心の四つの落とし穴』として戒めて」いるという。これは社訓にもしていると今年の日経「私の履歴書」で知った。
★1995年頃、大前研一氏主宰の「アジアの曙」ベトナム、インド、マレーシア、シンガポールの視察の旅に高原慶一郎氏と同行した。ともかく、氏はいつも、A4判のコクヨの厚いノートをもって列の一番前で熱心にメモをとり、よく質問をしていた。「大事な時間とお金を使って来たのや。しっかり勉強せなアカン」と、夜な夜なアジアの宵闇に繰り出す我々若造をたしなめていただいた。
★ユニ・チャームの世界最強ライバルは、P&G、プロクター&ギャンブル社であり、国内最強ライバルは花王であろう。「なぜ、米国進出しないのですか?」とお聞きしたら、「米国本土でガリバーP&Gと戦うチカラはまだなし」「アジアから徐除になら、その道はあるかも知れません」とも氏は、謙虚に慎重に言っていた。
ユニ・チャームがアジアに進出しはじめたのは、まさに2000年頃からであろうか?
中国、タイ、そして2009年からは、ロシア、インドに現地工場も新設し、グローバル展開を急速にすすめている。
★2010年春に日経朝刊に連載された高原慶一郎氏の「私の履歴書」は、功なり名をとげた経営者の自慢話に終始するものが多い中で、実に正直かつオープンに成功と失敗、苦悩と喜びを語っている。
★「事業」の失敗と革新、「会社」の限界と結束、「製品」への挫折と理想、そして老いて一度は病に倒れながらも、なお持ち続ける事業欲は誠に頭が下がる。逆に、不死鳥みたいに悠然と飛び続ける親父をもつ2代目も辛いだろうなぁ、と現社長、高原豪久氏に同情も禁じえない。
★高原慶一郎氏の「私の履歴書」は、経営指南書としても一級品である。実に、現実的なのである。
まず、創業以来、コアは「紙」であり「布」である。
それを時代の変化のなかで様々な製品に進化、変化、特化させていることである。しかし、コア生理ナプキンや紙おむつなどは「不織布吸収体事業」という。この事業に特化し、「世界の吸収体市場で10%のシェア獲得を目指す」と、現社長は目標を明示している。
2点目は、安売りではなく高品質の追求である。
高原慶一郎氏の「私の履歴書」に、面白い「戦略論」がある。
「商品は最高品質のモノから発売する。豊かな生活に敏感に反応する消費者にその技術力を知ってもらいたいからだ。小分けにするから誰もがそれほど抵抗のない価格水準になるのがミソ。4~5年で普及期に入ると少し価格を抑えたスタンダード版を投入し、しばらくしてエコノミー版を出す場合もある」
「価格が高くても小分けにすれば手が届くはずだ。我が社には3現主義という言葉がある。現場、現物、現時点だ。それに則せば小袋商法は当然の帰結となる」
「エコノミー版を投入し、高品質にシフトすることは基本的に行わない。一度、低価格商品として参入するとそのイメージが定着してアッパーの分野に進むのが難しくなり、市場も育たない」
「上から下へ。それによってあらゆる消費者に商品が行き渡りシェアトップになる」
3点目は人材の見出し方である。
「成功は成功の母だと思う。あとは人材だが、語学力は一切問わない。芥川龍之介の「運命は性格の中にある」の箴言(しんげん)もある。環境変化に全身全霊で立ち向かってくれる人を海外へ送り出す。こうした人は必ず閾値(いきち)を超えて頑張ってくれる」
★高原慶一郎氏の「私の履歴書」で知ったのは、氏が大阪市立大学の学生時代は、「立派な文学青年」だったことである。「輝ける闇」の著者、作家・開高健氏とは「仲間の自宅で紅茶を飲みながら文学論や人生論を戦わせたが、実態は開高の独壇場だった」「こっちが青臭いことを言おうものなら、軽く論破された」仲だったそうだ。
そういえば、青年期によく議論した仲間でも、その中で秀でた奴の身ぶり手ぶりに後年似てくるといわれている。高原慶一郎氏の愛媛訛り的関西弁の節回し、どこか作家、開高健氏のものやわらかで早口で、独特のうねりがある関西口調と似ているところが、心なしかある。
名経営者の自由闊達でどこかシャイな心の鼓動が、遠き青年時代の文学へのたしなみがあったというのもなんとも愉快な話である。
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